▲▼∴ 640870. ∵▲▼ ハタハタなのかドラクエなのか?
声聞と独覚。
――「遠からず・近すぎず」という
聴覚が築いた「Private Space」を
視覚メディアが狭めすぎた。
(で、街は喧騒に溢れている。)
ただただ只管みるだけ・観てるだけに馴らされ過ぎて、
今や万事「他人事のように傍らで眺めることしか出来ない」
『無能な人間』しか居ない。
「ハタ」を「楽」にさせない、
とことん疲れるだけの“お客さん”・
“見学者”・“要介護弱者”。
この、支持力なき泥沼を脱するには、
「個人主義」に相対する「独覚」
くらいしかないではないか。
ウィトゲンシュタインが
「世界の限界とは唯我論の限界である」
というとき(#5.6〜)、
(マイトレーヤ=弥勒に始まり、
アサンガ=無著&ヴァスバンドゥ=世親-Brsを経て
スティラマティ=安慧へと連なる「境識倶民」に対し、)
偶像崇拝を許容したダルマパーラ=護法の
「証自証分」を拡張するためには
(『怒りオヤジ』を我が事-視することではなく、)
視覚以外のカルチャーショックが必要かつ
不可欠なのである。
外に出よう。旅をしよう。
今までの自分に似たバカ者や・
どう考えたっておかしい当世を客観視し、
“スノビズムをやり過ごそう!”
(;『バナナフィッシュにうってつけの日』)。
そう、取り分け、『体感』しよう!――
南方→スリランカ→キーマ・カレー。
トルクメニスタンでは無税で
何でも無料!
マレーシア航空の
クアラルンプール便は廃止だし。
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