Mz1.船出*******************************

飛行機の苦手な私はこのスピード時代に
敢えて船に乗って洋行へ出ていた。
とはいえ高級客船であり、
空便のいい席の十倍は悠にするだろう。
だいたい漁師の倅である私は
パーフェクト・ストーム』のように荒れた海だろうが
放り出されても丸で動ずることはないが、
旅客機だと他人の運転の不注意によった
のだとしても、落下したら万事急須ではないか!
そのようなことは断じて同意しかねる。
.

Mz2.断頭台*****************************

むかし一度、社員旅行で勝手に予約されてしまい、
再三再四ことわったのだが絶対命令だと云われ、
ついに前夜に眠れなくて震えが止まらず、
あまりにも調子を崩して結局、当日当座でキャンセルした。
爾来、『特攻野郎Aチーム』の“コング”;
ミスターTみたいだが、飛行機は一切
峻拒している。
.

Mz3.闖入者*****************************

「ああ、退屈だ・・・・・・」
という呟きが、船が波と立てる音の間に
混ぎれ入った。
見ると、サルーンの真ん中のテーブルで
向かい合った角アゴの男が、新聞を置いて、
大あくびを快晴の青空に放った。
私が相槌を打つものか打つまいか迷ってる内に、
その男はもう一度おなじセリフを呟いた。
明らかに私の反応を待っている。
「そうですね。やることがないですね。」
.

Mz4.豪華客船の設備**********************

いや、やることがないわけではなかった。
ことにこの手の高級客船には施設が充実している。
夜のディナーでのイベントは言うに及ばず、
昼間でもプールもあれば、映画館も備わり、
しかも賞味期限の切れた三流作品ではなく、
最新の、あるいは日本ではまだ上映してない
作品まで各館(;4館あった)で数種上映しており、
その話題で批評し、お勧めし合い、
片っ端から丸暗記できるほどに
見返してしまっていた。
.

Mz5.退屈しのぎ**************************

さらには、ギャンブルも出来る。
「ゲーム・コーナー」で、
ルーレットもカードも、衛星放送による
本物の競馬さえ出来た。
そして退屈しないように、
49日間の間に十冊は本も読めようと、
洋上で本を読むライアル・ワトソン博士を
意識して、小難しい哲学書と最先端の科学書
持参していた。
.

Mz6.ステアしないマティーニ*****************

今し方も、その内の一冊をテーブルの上に開帳し、
シェリー酒を少しづつチビリチビリとやっていた。
アゴの男の視線は私の指先の
カクテルグラスを射抜いていた。
「どうです、一杯やりませんか?」
「いや、ありがとう。」男は飲むとも飲まないとも
答えずに会釈だけ返して、
「しかし実際、退屈しますな。この調子じゃ
退屈のあまり死んでしまうに違いない。」
私は同意した。
.

Mz7.聞きなれない共和国*******************

「まだ、ゾイリアの土を踏むには、一週間以上
かかりましょう。私はもう船が飽き飽きしました。」
私は聞き覚えのあるような気がして、問い返した。
ゾイリア・・・・・・ですか?」
「さよう、ゾイリア共和国です。」
ゾイリアなんて国がありましたっけ?」
「ええっ! ゾイリアをご存知じゃない?」
「はい。あいにく・・・・・・」
「ほほう、それはお気の毒に。あなたがどこへ
おいでになるものやら存じ上げませんが、
当船がゾイリアに寄港するのは
前から決まっていることでさぁ。」
.

Mz8.ぞ入りやプリゴジィヌ*******************

私は当惑した。こうして改めて考えてみると、
自分がいったい何のためにこの船に乗っているのか、
それさえも分からない。まして「ゾイリア」なんて、
地名も国名もまるで憶えにない。
「そうですか?」とだけ答えておいた。
「そうですとも! ゾイリアといえば昔からとても
有名な国です――」と自慢気に語り始めたので、
「“ソマリア”じゃなくって?」と私は水を差してやった。
.

Mz9.エジプト情勢*************************

「え? それは東アフリカの紛争地域でしょう?
なんだってそんな所に行くものです?」
男の云いざまに私はカチンコが鳴った。
「私は調停の役目でソマリアに赴く国連職員なのです。
ですから、そのことじゃないか、とね。」
「へえぇ。だったら、“ザイール”の方が
思い浮かべられて相当じゃないですかね?」
男も引かない。
.

Mz10.ODAと友好議員連盟*****************

「いやいや、まさか!」と私はつい激して、オーバー
アクション気味に驚きを表してしまった。
(つまりハリウッドの俳優がよくやる、
.                 一回きりの手招きだ。)
そして「“ザイール”は今や“コンゴ”といいますぜ!」
と教唆してやった。
「なんです? やたらと詳しいですな。もしや、
あなたは“国連職員”といってその実、
鈴木宗男の関係者じゃないんですか?」
「あいにく私はそのような利権構造の
世界の人間ではありません。
見ての通り、貧乏書生です。」
.

Mz11.ホメロス***************************

「なるほど。だったらゾイリアのことをもう少し
勉強なさい。かのホメロスに――」といって
確認するように「“ホメロス”はご存知ですかな?」
「ええ、知ってます。『イリアス』も『オデッセイ』も、
そして『2001オデッセイア』までも読みました。」
「面白くないジョークですな。」と男はすぐさま
反応した。「それは戴けないジョークだ。本当は
ろくすっぽ『イリアス』も『オデッセイ』も
読んでいないのでしょう?」
なんでそんな批判がましいことを云われなければ
ならないものやら察しかねたものの、
寝ぼけマナコでデタラメに読み進めたため、
全く記憶に残っていなかった。つまり、
図星だった。気分が悪くなった。
.

Mz12.徳ヲ頌ヘル喪ニュメント***************

「いや、読んでいますよ。それに、今のギャグは
現代っ子の前でやれば大爆笑です。
現代の笑いをご存知ないですな?」
「ふうむ。じゃあ話が早い。そのホメロスに、
猛烈な悪口をあびせかけた評論家が、
そのゾイリアには在るのです。」
「ほおぅ、なんて云ったんですか?」
「・・・・・・、内容については私も存じ上げません。
ですが、そういう人が在たのです。その証拠に、
首都の何とかいう町にはこの学者の立派な
頌徳碑が建立されている筈です。」
.

Mz13.由緒ある国、エリート大学**************

「すると、かなり古い国ですな?」
「ええ、とても古いです。なんでも神話によると、
初めは蛙ばかりが住んでた国なのですが、
パラス・アテネがそれを皆、人間にしてやった
のだそうです。そのためゾイリア語は蛙の鳴き声
のようだという人もいますが、それはあくまでも
面白おかしく云った作り話です。文献による記録では、
そのホメロスを撃退した批評家がいちばん古い
実在人物のようです。」
「では今でも相当な文明国ですか?」
「勿論です。殊に首府にあるゾイリア大学などは、
マサチューセッツ工科大学も、スタンフォードも、
ケンブリッヂもオックスフォードもダックスフンドも、
――へへっ、全く目じゃないでしょう。」
.

Mz14.時価正価測定器*********************

ヒデえギャグだとは思ったけれども、
私は感心の相槌を打っておいた。
「ほおぅ、そんなに凄い大学があるのですか?
それは知らなかったな。全く不勉強ですね?」
「中でもねぇ最も凄いのは、なんといっても、
学内ベンチャーの考案した価値測定器ですよ!」
「えっ? 価値測定ですって?」
「そうなんですよ! 価値を客観的かつ厳密に
査定してしまう機械、――といっても、プログラムの
形で売り出されているようですが。」
「へえ、そんな便利なものが出ましたか?」
「ええ。全く凄いですな。これで、デタラメな美術品
への不当投機だとか、利用価値の低い骨董への
大出費も免れるわけです。」
「なるほど。ではあなたはそれをみたことが
あるのですか?」
「いいえ、あいにく私もまだゾイリア日報の挿絵で
見ただけです。しかし見たところ、調理に使う
計量器のような形をしています。そこへ、
小麦粉をでも載せるように、何にしたって
載せたらいいのだそうです。そしたらたちまち、
“正価”が叩き出されてしまうのですよ。」
.

Mz15.重量かまわず***********************

「ほう、なんだっていいんですか?」
「ええ、構わないみたいですよ。」
「そんな小さいものなら、重量制限とか無いんですかねぇ?」
「大丈夫だそうですよ。挿絵には、ゾウが載る場面が
描かれていますから。」
「それは筆箱じゃないんですか?」
「まさか! どうして筆箱なんかとあの象とが
結びつくものですか。」
.

Mz16.捜査官****************************

「じゃあ、人も乗れるわけですね?」
との、この私の質問に、角アゴの男は
驚きを隠さなかった。
「あなたは、“そのこと”をご存知なんですか?」
「“そのこと”って? 私はゾイリアじたい知らないのに、
どうしてそれ以上のことを知っているものでしょう?」
と私は答えたのだが、男は納得しなかったと見えて、
見る見る表情が険悪になっていった。
「そんなカマトトぶりやがって! お前は捜査員
なのだろう? “例の事件”のことを調べに行くのだろう?」
と、かなり語気が強まっていた。
私は面食らってしまい、
「そんな、“事件”だの“あのこと”だの、
皆目見当もつきませんよ。」
.

Mz17.発覚?****************************

「い〜や、お前は万事お見通しなんだ。
それでこの俺を尾行していたのだな?」
「まさか! そんなだったら、もっと巧く取り入るか、
全く知られないようにするか、どっちかでしょう?」
「い〜や、お前はその両方のどちらでもない、
ちょうど程よい中間の自然さを装ったんだ。
だから一番うたがわれない、中庸を通したのだ!」
「そんなバカなわけはないでしょう? 私はただ――、」
と私が言いかけた所で、男にグッと胸倉を掴まれ、
引っ張られてしまった。男は物凄い力でもって
私をデッキの端にまで連れて行き、
「お前なんか海の藻屑に消えてしまえ!」
と、投げ飛ばそうとした。
が、私も柔術の心得がある。
一瞬は蒼い海面を仰いだが、
すぐさま相手の腕に技をかけ、
形勢を逆転させた。そして啖呵;
「やいっ! “例の事件”とは何の事だ?
場合によってはタダではおかぬぞよ!」
.

Mz18.価値測定器に人を乗せると************

そこで角アゴの男が話した話とは
以下のようなものである。
「“話”というのは他でもありません、旦那。
あなたが先ほど申したように、その価値測定器に
人間を乗せてしまったんで。」
「へえ、で、どうなった?」
「価値評価が出まさぁ。」
「そりゃ出るだろう。だから、どうなったというのだ?」
「えらいことになりましたんで。」
「ふむ。俺はそのことを訊いているよな、さっきから?」
「へえ、さようで。・・・・・・。」
「だったら、それを答えるべきだろう?」
「ごもっともで。」
「答えたくないのか?」
「はい、答えたくありません。」
私は腕を締め上げた。
「答えなきゃ、どうなるものやら、察しが着くだろう?」
「この腕を折られるんで?」
と、男は動じず、むしろ希望するかのように云った、
「だったら、いっそそうなさってくださいまし。」
.

Mz19.実検******************************

「いや、それでは――」と私はシェリー酒をあおった。
そうして余裕を見せて「俺が納得しても、ここまで
読んだ読者が許すまいて。」
「え、“読者”ですって? これはそのような
“実験小説”なので・・・・・・?」
「いや、言ってみただけだ。まさかこれが
“実験小説”なわけがない。」
といって、私は男の腕をメキメキいわせてやった。
「痛い痛い痛い! 旦那、分かりました!
話します。どうかやめてください!」
.

Mz20.Cry過去***************************

メンシュラ・ゾイリア」に人を乗せてみた所、
「価値なし」と評価を下された者が続出した。
初めはさすがに機械の異常かと考えて、
大学の開発チームはこれを全品回収して、
アイザック・アシモフの「ロボット3原則」
などを参考に人間には手心を加えるよう
修正プログラムを追加更新したのだけれども、
そうしてみても、やはり「価値なし」は続出したのである。
その責任問題を問われ、同義的にはなんとでも
なったが、大量回収といい、宣伝費といい、
莫大な負債の責任を問われて、
何十億という穴埋めを強制され、
それで手に負えなくなった担当教授がついに
自殺してしまった。
ために、残された開発チームでは、
物や人の価値に決してマイナスをつけないよう、
そしてまた、低い評価は自動的に桁を上げて、
最低でもそこそこにいい判定が出るように
してしまった。
現在、出回っている「メンシュラ・ゾイリア」はだから、
「意味のない欠陥品」なのである。・・・・・・
.

Mz21.開発チーム*************************

「あなた、その改良をやっていただけませんか?」
と、角アゴの男は唐突に云いだした。
「なんで私が・・・・・・?」
「あなたは定めし、その手の専門家でしょう?
ですから、お願いする次第です。」
「まさか私がそんな専門家であるわけはないだろう?」
「い〜や、私の推理は外れたことがない!」
「バカいえ! 今し方さっきも、外したところじゃないか!」
「でも、どうにかしてもらえないですかねぇ?」
「なんだ、するとお前は、開発チームの人間なのか?」
「いえ、とんでもない。私はタダの学長ですよ。」
「はは〜ん。それで投資分、回収したいわけだ?」
「ごもっともで。どうにかなりませんかねぇ?」
「学内に優秀な開発者がいないなら、
それこそ先ほどバカにしたスタンフォード
連中にでも頼んでみたらどうなのだ?」
「はあ。」
「あるいはそれ独自で株式化して、
開発メンバーにそれらを持たせて、
ストックオプションでやる気を促すという
方法もあるぞ。」
「なるほど、あなたは専門家だ。
私の目に狂いは無かった。」
.

Mz22.行先変更**************************

ともかく、私は角アゴの男と連れ立って、
ゾイリア共和国で下船する運びとなった。
プログラムの内容も検討できるよう、
インターネットでC++などの文法を仕入れ、
日々その修得にいそしんだ。
(ために「退屈だ」などとぼやく事態はなくなった。)
.

Mz23.旅は道づれ*************************

そして本日である。
晴れて私はゾイリア共和国に降り立った。
なんだか魚くさい気がする。漁港も兼ねている
港であるためだろう。まあいい。
アゴの学長が連絡していたため、
学校関係者が数人むかえに来ていた。
そして私は歓迎の言葉らしきを受けた。
――のだが、私には、
「クワクワ、ケロゲロ!」
と聞こえたのだ。訊きかえしてやる、
「クワクワ、ケロゲロ・・・・・・ゲロッパ?」
「い〜や、quax quo quel quanですよ。」
「クワクワ、ケロゲロ・・・・・・ジェームズ・ブラウン?」
「もういいです。それで、こちらがロッペ、
Quorax党の党首です。また、こちらがマッグ、
Quemoochaの司祭です。
そしてこちらはクイクイ、Pou-Fou新聞のCEOです。
またこちらはベップ、最高裁長官です。」
「大学の関係者は来てないのですか?」
と、私は疑問を口にした。
すると角アゴの学長は、――なんとかいう名前が
あったのだが、私は忘れてしまっていた――、
運転手に向かって激しい抗議をしてみせた。
「Que・・・! quo・・!・、qur−r−r−r、qur−r−r−r」
それを受けて運転手は困窮していた。ので、
私はまずいことを言ってしまったと思い、
「いやいや、別に構わないのですよ。それよりも、
少しお腹が空きましたねぇ。ゾイリアの料理を
食べれる所に連れて行ってもらえないですか?」
「ああ、ごもっともですとも! 勿論、用意してありますよ、
ゾイリアの最高料理が。早速、行きましょう!」
.

Mz24.世は情け**************************

かなり大型のセダンに乗って、
――前のシートに3人すわれた――、
私たちは海岸線を走った。
港のいたる所に、螺旋状の文字が
大きく書かれていた。
「あれがゾイリアの文字ですか?」
「ええ、そうです。ですが基本的に意味はありません。
あそこに書かれてあるのは、大体があなた方の
文化圏でいうところの“間投詞”であって、
しいて訳すなら“はて?”とか“おや?”なのですから、
どうかその詳しい説明はご遠慮ください。」
しかし中には立て看板に、楔形文字のような、
古めかしい文字を見つけたので、それは何なのか、
訊くことだけは譲れなかった。
「ああ、あれですね? あれはゾイリア文字、
――あれこそが本当のゾイリアの文字なのです。」
「ふうむ、何か複雑な事情がありそうですね?」
「そうなのです。ですがそのことはいづれ
日を追ってお話いたします。今日は楽しく
祝杯を上げたいですものね。」
.

Mz25.アンナ・アマリア*********************

「でも私は色んなことを急速に吸収して、
国民性や歴史を把握することによって、
プログラムに潜む民族特有の個性を見出し、
その次元から修正を試みるつもりなのです。
簡単にでもいいから、どうかお話ねがえないですか?」
「そこまで云われるのであるなら、お話しますがね、
それはちょうどドイツのアンナ・アマリア図書館が
焼失したではないですか? あのような抗争が
あったのです。」
「って、アンナ・アマリアは完全焼失したわけでは
ないし、あれは別に抗争などではないですよ。」
「いや、あれこそが抗争なのです。あの2〜3日前にも
モスクワで女性による自爆テロがあったではないですか。
アンナ・アマリアの火災ではゲーテの戯曲も、
ルターの聖書も、ビスマルクの書簡ですら、
失われたのですよ! それが単純な不注意だとでも、
あなたはおっしゃるんですか?」
「大方の人間はそう思っていると思うけど・・・・・・」
「だからあなたがたはバカなんです! 疑うことを
知らないから、ノー天気で居られるのです!」
.

Mz26.片すトロフィー***********************

こういう話をしていたところ、急にガタンッとなったか
と思えば、車がどこかに転落した。
私は口元を前のシートでしたたか打ちつけ、
血の味を感じた。
――衝突だ、衝突だ! 
それとも、海底火山の噴火かな?
.

Mz27.覚醒******************************

気がついてみると、私は書斎のロッキングチェアに
腰をかけてセント・ルイスの『田園調布に家が建つ!』
を読みながら、ウタタ寝をしていた。
車だと思ったのは大方、椅子の揺れる感覚が
そのまま夢の世界にまで持ち込まれたものであろう。
アゴ久米宏のような気もするし、
古舘伊知郎のような気もする。
これは、いまだにわからない。
.

Mz28.拳銃自殺したトックの遺した詩集『生命の樹には悪の華が咲き善の果実が実る』**********************

しかし紙面に視線を戻すと、そこには
こう書かれていた。


.   仏陀も基督ももはや古い地層で眠っている。
.   古い地層で化石と化している。
.
.   しかし!
.   ――しかし我々は休まねばならぬ。
.   たといユウモアの絞首台へ登る直前でも。
.
.   (また、その背景といえば、フェルト地の継ぎハギ;
.   パッチワークの粗雑なキルト工芸だ。)
.
.   「義理、人情、お中元」が出世のコツで、
.   ――デジタル業界でも事情は同じ――、それで
.   田園調布に家が建つ!    
.                                 」

.

Mz29.デバッグの訪問*********************

バッグは得意そうに笑っているのです。
それはいつの間に入ってきたものか、
デ・バッグというマグロ漁夫の河童が一人、
私の前に立たずみながら、何度も頭を
下げていたのでした。
「おいデバッグ、どうして来た?」
「何です? 冷たいですぜぇ。見舞いに来たんでさぁ。
他に何か理由などあるものですか。何でも旦那、
ご病気だとかいう話じゃありませんか?」
「ほおぅ、それにしてもよく来られたなぁ。」
「何、造作はありません。東京の川や側溝は、
河童にとっては往来も同じですから。」
私はデバッグの水かきをしげしげと見つめ、
今さらながら、河童が両生類だったことを思い出した。
「・・・・・・しかし、この辺には川はないがね。」
「いえ、こちらにあがったのは、上下水道の管を
いろいろに巡ってきたのです。それからちょっと、
消火栓をあけて――」
「何だって! 消火栓をあけたんだって?」
「へい、なんでもないことでさぁ。河童の世界にも
機械屋は居まさぁ。」
.

Mz30.’es博士の診断*********************

それから私は二三日ごとに色々の河童たちの訪問を
受けました。私の病いはエス博士によれば早発性
痴呆症だということです。しかしあの医者のチャックは、
早発性痴呆症なのは私ではなくて、むしろエス医師を
始め、あなたがた自身の方だ、ということです。
チャックはエス医師が私に危ない実験用の幻覚剤を
注射している、といって盛んに怒りました。
「人間の尊厳をなんだと思ってんだろう!」
学生のラップや哲学者のマッグも来ましたし、
ガラス会社のゲエルや音楽家のクラバックまで
やってきました。
.

Mz31.罵詈雑言の噴出*********************

私は医者のチャックの云った話を反芻していて、
次第々々に頭に血がのぼってきました。
そして怒気もあらわに身をベッドからドヴァッと起こし、
ゲンコツを振り回しながら叫びまくりました。
ロシアの北オセチア共和国の学校で、1000人
からの人質を体育館に幽閉し、48時間後に
強行突入した事件の銃声のように矢継ぎ早で。
「出て行け! この悪党メガ! 貴様もバカな、
嫉妬ぶかい、猥褻な、図々しい、うぬぼれきった、
残酷な、虫のいい、俺を狙った同性愛者なのだろう?
出て行け、この悪党めが〜ァッ! うぃっ! クワッ!」
.

Mz32.CsOは「勝手にしやがれッ!」**********

エス医師の身体中は通気孔だらけとなって、
バタンと倒れた。
そのスポンジ質に、聖水を含ませてやろうと、
私は小便をかけながら怒鳴った。
「ざまあみろ! この、自己愛の亡者め!
俺のカラダには器官なんておぞましいものは
ないのだ! (ニーチェの屈辱はためにその下半身に
あった!) 俺にはオイディプス・コンプレックス
なんてものはない。俺はアンチ・オイディプス
王なのだ! むしろエレクトラ−r−r−r――」
ダーティー・ハリーの44マグナムが火を噴いた。
し、その時点で彼の銃口は私のコメカミあたりを
向いていた。
“原因”は“結果”し、
私はスポンジ野郎の上に重なった。
――血と小便がハジケ飛ぶ・・・・・・――。
「最ッ低だァ・・・・・・」
「ケス・ケセ・ディゲラス?」
「クワクワ、ケロゲロ? 女子ファティゲ・・・・・・」
「ロドリゲス、ロドリ下衆、ロドリ〜ゲスッ!」
.

Mz**Mz**Mz**Mz**Mz**Mz**Mz**Mz**Mz**Mz**Mz**Mz**Mz